平和教育・地雷・小型武器・子ども兵に取り組む認定NPO法人テラ・ルネッサンス

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【カンボジア】「轍(わだち)」vol.1〜カンボジア事業の成長〜

 
今年で創設から20年を迎えるテラ・ルネッサンス。20周年特別企画である「轍」では、これまで海外事業・海外駐在員が歩んできた道のりを、それぞれの活動国ごとにお伝えしていきます。
 
その始まりとして、今回の記事では、テラ・ルネッサンスの原点ともいえるカンボジア事業の歩みをお送りします。カンボジアでは、創設者鬼丸が2001年に地雷撤去支援を開始して以来、継続して活動を行ってきました。2008年からは、駐在スタッフを派遣し、地雷埋設地域における村落開発・地雷被害者を含む貧困世帯への生計向上支援を続けています。


「すぐに結果に繋がらなかったとしても、目指しているところは間違ってない。直感だったとしても自分が感じていることは正解だよ。」

そう当時の自分に伝えたいと語る、今年で駐在13年目の当会アジア事業マネジャー江角。彼へのインタビューを通して、紆余曲折を乗り越え、ここまで歩んできた、カンボジア事業の道のりをお伝えします。ぜひ、ご一読ください。


カンボジア村落開発事業の原点


―ーまず、江角さんがカンボジア事業に関わり始めたのはいつですか。

  

カンボジア事業に関わり始めたのは、まだインターン生だった2004年でした。2006年からは職員になりましたが、当時は京都事務局で勤務しながら、1年のうち3か月ほどカンボジアに駐在するという、出張ベースで事業を担当していました。

  

―ー駐在員として、カンボジアへの派遣が決まった時の心境を教えてください。

  

職員になった時点で、カンボジア駐在は決まっていた話ではありませんでした。しかし、私自身、駐在願望はずっと持っていたので、創設者の鬼丸がそれを理解してくれて、2008年に念願のカンボジア駐在が実現したんです。

   

なので気持ちとしてはすごくワクワクしていました。学生時代から何度も訪れていたカンボジアという、馴染みのある場所に駐在できることが、とても嬉しかったです。駐在していく中で大変なことも多かったですが、最初はとにかく、何事も面白いなと思っていました。

カンボジア村落開発事業の原点

現地調査を行う江角(中央)・現地スタッフ(左)と支援対象地の村長(右), 2010年

 
―ー当時はどのような事業を実施していたのでしょうか。

  

当時、現地スタッフは3名。2008年時点では、元々別のNGOが進めていた除隊兵士の社会復帰支援を、テラ・ルネッサンスとして、継続して実施するかどうかというところでした。ただ、私が駐在し始めたときには、内戦が終わってから時間も経ち、カンボジア国軍の解体も進み、除隊兵士の支援の需要も薄れつつありました。

  

むしろ、地雷被害者・一般市民の中の貧困層の方々への支援が必要な状況だったんです。そして、事業を始めるにあたって、現地で調査を行い、最終的にカムリエン郡で事業を開始することにしました。そこは元クメールルージュの支配地域で、地雷もたくさん埋まっていて、元子ども兵もたくさんいました。一番、支援を必要としている場所でした。そして事業内容は変わりながらも、今もこのカムリエン郡で、事業を継続しています。

 

時代の流れの中で、変化していく村の生活

 

―ー現在も続くカムリエン郡での村落開発事業の始まった当初の状況がよくわかりました。ではそこから現在までの事業を振り返って、「これはうまくいかなかった」というエピソードはありますか?

 

うまくいかなかったというか…。「支援対象地域の村の人々がこの先どうなっていけばいいのか」という事業の最終目標を、当時の私自身、よくわからなかったんです。

 

ニーズ調査を進める中で、村人たちがやりたいことを、そのまま事業にしても、なかなか継続して安定的な収入を得ることにはつながりませんでした。彼らの意思を尊重することも大事ですが、それをどのような方法で、事業にするかをよく考える必要がありました。

 

―ー支援対象地域の村人たちは何を求めていたのでしょうか?


村人たちがお金を得たいということは、よく分かりました。ただ、その手段にこだわりはないようで、彼らの多くは換金作物として、トウモロコシ、大豆、キャッサバなどを植えていました。


まさにその頃のカンボジアは、低コストで大量生産した安価な商品をどんどん輸入するというグローバル資本主義経済の影響を受け、村人たちの伝統的な生活が徐々に変わってきている、そんな時期でした。もちろん、少しずつ地雷の撤去が進み、インフラ整備なども入りやすくなり、村人たちの生活が改善された面もあります。しかし、私は伝統的にそこにあった村の良さが失われかけていることを感じていました。

 

「隣国から輸入される安いものを買えばいい」という消費の変化や、現金収入を得るために都市に出稼ぎに出る人が増えたり、リスクの大きい換金作物の栽培を始めたりするなど、伝統的な村の生活スタイルはどんどん変化していきました。

 

ただ、換金作物の栽培では、リスクを伴うものの、うまくやりくりして収入を向上させている村人もいて、それを否定することはできませんでした。しかし同時に、このまま換金作物栽培だけの収入に頼っていると、どこかで生活できなくなるのではないかとも考えていました。


だからといって、何をすれば村人たちが収入を上げ、持続的な生活を続けられるか、うまくいく方法を見つけることができていなかったです。

村にあるものを活かす、持続可能な生活を目指して

―ー現状に疑問を抱きつつも、何が正解なのかわからないという大変な時期だったと思いますが、その状況を変えるために、どのような工夫をしたのでしょうか?

 

まず、その当時は私自身が、カンボジアの人々のことをよく理解できていなかったと思います。支援対象者と対話する際は、いつも現地スタッフの通訳を通していましたし、今思うと、彼らの本心をわかっていませんでした。

 

それに気づいたとき、「彼らが本当に困っていること、必要としていることは何だろうか」とより真剣に考えるようになりました。カンボジアの現地語も習得して、コミュニケーションを重ねるうちに、村人たちの本音が、だんだんわかるようになってきたのです。

 

―ー今まで以上に村人たちの声を聴くことを大事にしたのですね。彼らと深い対話ができるようになって、村の人々の生活がより豊かになるような、「これだったらうまくいく」という方法は見つけられましたか?

 

それが正解かはまだまだわかりませんが、2017年から3年間実施したJICA草の根パートナー事業が、一つの答えになるような気がしています。


―ーどのような事業なのか教えてください。

 

2016年あたりから、カンボジア内外で、持続的な生活が必要だと言われるようになっていました。テラ・ルネッサンスでは、隣国のラオスでも事業を実施していますが、そのラオスに調査に行った際に、山の中で暮らしている人々と出会って、現地にあるものを活かした生活に感銘を受けました。

 

当時その山の中で暮らす人々は、ラオス政府から最貧困層と言われていました。しかし、お金は持たずとも、自然と調和し、自給自足的に、豊かに暮らす人々の姿が、そこにはありました。


村にある伝統的なもの・そして自然を活かして持続的に生活ができるような仕組みをみて、これならカンボジアの農村部の人々も、村の中で収入を生み出せて、持続的により豊かに暮らせるのではないかという仮説を持ちました。

 

それを形にしたのが、まさにJICA草の根パートナー事業です。具体的な内容として、地雷被害者を含む村の障がい者家族を対象に、家畜銀行や野菜栽培を始めました。

村にあるものを活かす、持続可能な生活を目指して

現地調査を行う江角(中央)・現地スタッフ(左)と支援対象地の村長(右), 2010年

食べ物の自給と支出削減を目指した野菜栽培

 


収入源を多様化すること、それに加えて、提携する現地NGOの農業専門家が持っていたカンボジアに伝統的にある薬草などを活用することで、支出を減らし、収入を増やす家畜飼育方法を訓練しました。

 

また、初めから意図していたわけではありませんでしたが、家庭菜園での有機野菜栽培を進めることで、無償で隣人に提供する人が多く、村の人々同士とのつながり・分かち合いといった隣人間での信頼関係を強めることにつながりました。

 

そしてこの事業を通して、村人たちがコミュニティの中で、自立した生活を送ることができるようになってきました。

  

―ー元々、村にあった伝統的な生活スタイルの中にあるものを活かして、支援活動を行う。テラ・ルネッサンスらしい方法ですね。しかし、都市部へ出稼ぎに出たり・換金作物の栽培に収入を一本化した人々は、この事業に共感してくれたのでしょうか?

  

出稼ぎや単一換金作物の栽培に流れていった人々から、共感を得るのはとても難しいことでした。ただこの方法で「収入を得られて、生活が豊かになるんだ」ということが、だんだんわかってくると、たくさんの村人が共感してくれるようになりました。

  

時間をかけて、いくつかの世帯で成功モデルをつくることができたことが大きかった気がします。うまくいった事例を示すことができれば、カンボジアの人たちは関心を示してくれました。家畜飼育や野菜栽培で収入をあげ、より持続的な生活を送る人々が支援対象者の中から出てきたことが、他の村人やコミュニティにも良い影響を与えてくれています。

カンボジア事業の現在地

―改めてお聞きします。これまでのカンボジア事業の歩みはどのようなものでしたか?

 

カンボジアに駐在を始めた頃は、何を、どういう風にやればいいのか、分かりませんでした。これまで、前に進んだと思ったら後ろに下がったり、ずっと試行錯誤を繰り返してきました。


大変なことも多かったですが、テラ・ルネッサンスのカンボジア事業が歩んできた道は間違っていなかったと思います。そして2020年に始まった、新型コロナウイルスの影響下で、それがより確信を持って言えるようになりました。


コロナ禍で国境が閉鎖され、国外に出稼ぎに行くことができなくなったり、都市部でも日雇いなどの単純労働で収入を得ていた人々は、仕事がなくなり、収入を失いました。


また、それに追い打ちをかけるように、2020年には、カンボジアで洪水も発生しました。カムリエン郡では、キャッサバやトウモロコシなどの換金作物の畑が浸水し、大打撃を受けました。そんな中でも、テラ・ルネッサンスの支援対象者の中には、複数の収入源を確保し、食料を自給し、近隣と良好に関係性を構築していたおかげで、災害など大変な状態に直面した時も、助け合い、しなやかに対処することができた人もいます。時代が、テラ・ルネッサンスの考え方に追いついてきた気がします。


このように、予期せぬショックに陥った時代の中でも、「村に伝統的にあるものを活かして多様な収入源を持ち、地域の人々との関係性を強めながら生きていくこと」で、その困難を乗り越えることができると思います。

カンボジア事業の現在地

【支援対象者の方々が参加した、ワークショップ】

―ー最後に、カンボジア事業の現在地において、江角さんが今感じていることを教えてください。


私自身が多くのカンボジアの人たちに助けられて、これまで生活をしてくることができました。そして、「森の人」と呼ばれたカンボジアの人たちが、いかに豊かな自然と共生してきたかを教えてもらいました。そこで、学んだことは、


"人間は一人では生きられない。

人間だけでも生きられない。"


ということです。もちろんお金も生活をしていく上で大切ですが、失くしてはいけないもっと大切なものがあることに気づきました。


昔と全く同じ生活をしていくことは難しいかもしれません。しかし、自然の中で共生しながら、分かち合い、助け合い生きてきたカンボジアの人々の暮らしを取り戻し、今の時代に合った形で活用することが、テラ・ルネッサンスの大切にするレジリエンスを高めることにつながると考えています。

編集後記 (啓発事業部インターン 田畑より)

江角さんへのインタビューを通して、現在のテラ・ルネッサンスカンボジア事業が、どのようにして始まり、どのような軌跡をたどって、今ここにあるのかがわかりました。

 

時代の流れの中で変化していくことも多く、時には正解がわからなくなりながらも、「支援対象地域の人々が、より持続的で豊かな生活を送れるように」という江角さんの諦めない気持ちが印象的でした。そして、そこに向き合い、考え続けてきたからこそ、カンボジア事業は、少しずつ、成果につながってきたのだと思います。

 

そして「過去を振り返って、ずっと思い描いてきたことは間違ってなかった。」と語る江角さん。これまでカンボジア事業と江角さんが選んできたその道は、この先も、確かに、続いていることを感じました。

テラ・ルネッサンス創設20年キックオフイベントのご案内

テラ・ルネッサンス創設20年キックオフイベントのご案内

2021年7月3日(土)に当会創設20年を記念したキックオフイベントを開催します。イベント第1部では当会理事長小川真吾より、テラ・ルネッサンス20年の海外事業地での支援を振り返ります。また第2部では、カンボジアを含む国内外の事業地と中継をつなぎ、現地で働くスタッフの想いをお伝えします。


カンボジア事業の現場をリアルタイムで感じることができるまたとない機会です。みなさまのご参加を心よりお待ちしております。


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インタビュー・記事執筆 

啓発事業部インターン/

田畑勇樹

執筆協力
アジア事業マネージャー/江角泰 

啓発事業部/ 福井妙恵

 

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