認定NPO法人テラ・ルネッサンスの活動内容

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地雷

 

"家の近くや畑には地雷が埋まっています。でも、他に住む場所はありません"

 

 R.Y.さん、50歳。3人家族。

カンボジア王国バッタンバン州カムリエン郡トラン区オッチョンボック村

 

 

1985年、クメール・ルージュ*の兵士だったとき、戦場で地雷の被害にあいました。森の中で、クメール・ルージュの医師に手当をしてもらいましたが、脚は回復するのに、1年もかかってしまいました。政府からの保障などは、一切ありません。


2008年に、地雷撤去団体MAG*が地雷撤去するまで、家の周りも、畑も地雷原でした。家から、わずか4メートルのところに生えているバナナの木の近くには、地雷が埋められています。ここが地雷原であることはもちろん知っています。でも他に住む場所がなく、誰も入らない森を切って、家や畑を得ました。1本1本の木を切る時に、もう一方の脚をいつ地雷で失うか、本当に怖かったです。今でも、自分で撤去した2つの対戦車地雷が、家の下にあります。戦争に勝ちはありません。勝者はいません。みんなが負けです。私は兵士として戦争に参加したことを、後悔しています。戦争は、絶対にしてはいけないのです。

※クメール・ルージュとは?

 ポル・ポトを中心としたカンボジアの共産主義勢力で、内戦時代の紛争4派の一つ。


※地雷撤去団体MAGとは?

 マインズ・アドバイザリー・グループの略で、イギリスを本部とする世界各地で地雷や 不発弾などの撤去活動を専門とする団体。本会もカンボジアやラオスでの地雷・不発弾撤去を提携している。 

 

 

 

目次

 

 

 

1.地雷って?

[ 1 ] 人や車両が触ったり、近づいたとき爆発する、あるいは爆発するように設計された武器のこと

[ 2 ] 大きく分けると対人地雷と対戦車地雷だが、360種類以上あると言われている

■ 対人地雷

人を殺傷させる目的で作られた地雷です。踏んだり、触ったり、ワイヤーを引っ掛けたりと様々な方法で爆発する地雷があります。

 




■ 対戦車地雷

戦車や軍事車両などを破壊するために作られた地雷です。多くは70~130kg以上の圧力がかかると爆発するように作られており、通常人が踏んでも爆発しないと言われています。  

 

 

 

 

 

2.どこの国で使われているの?

 

 


出典:(http://www.the-monitor.org/index.php/publications/display?url=lm/2013/maps/minecontamination.html

(最終アクセス 2016/04/26)


   地雷の埋設が非常に多い国(100平方キロメートル以上の汚染)
   地雷の埋設が多い国(10~100平方キロメートルの汚染)
   地雷の埋設が中程度に多い国(1~10平方キロメートルの汚染)
   地雷の埋設が少ない国(1平方キロメートル以下の汚染)
   地雷の埋設が懸念される国
   地雷の埋設が確認されていない国

 


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■ 2012年に最も地雷被害者を出した国 (Landmine monitor Report2013より)

 

国名

2011年の犠牲者数

2012年の犠牲者数

アフガニスタン

812

766

コロンビア

549

496

イエメン

23

263

パキスタン

569

247

カンボジア

211

186

イラン

129

127

スーダン

122

109

ミャンマー

381

106

イラク

141

84

インド

51

78

 

 

 

 

3.何が問題なの?

[ 1 ] 安価で大量生産でき、世界中に2億3,000万個の地雷が存在

[ 2 ] 相手を選ばず、戦争後も人々を殺傷する「悪魔の兵器」


■ 数の多さ

世界には、今も6,000万から7,000万個の地雷が埋設されています。貯蔵されているものも含めると、その数は約2億3,000万個にものぼります。 


■ 殺傷能力
多くの対人地雷は、人を殺すのではなく、体の一部を損傷させることを目的としています。人、つまり敵の兵士を負傷させることによって、被害兵士を助けるために敵の人手と資金を使わせると同時に、他の兵士の戦闘意識を低下させる効果があるためです。

■ 安価で大量生産できる
地雷は、1つあたりの値段が300円から3,000円と安価で小さいため、流通しやすいという特徴があります。しかし、一度埋設された地雷の除去には、莫大な資金と時間を要します。また、地雷は誰かが踏むまで地中に残り、傷つける相手を選ばないことから、「悪魔の兵器」と も呼ばれています。

 

 

 

4.犠牲者はどれくらい?

[ 1 ] 戦争が終わった地域でも、地雷は残り市民を傷つける

[ 2 ] 2012年には毎日10人の被害者

1990年代の終わりには、毎年地雷と不発弾による新しい被害者が、15,000人~20,000人と推定され、毎日40名以上の被害者が出ていたことになります。最近では被害者の数は減少し始め、2012年には1年間に、世界で3,628人が地雷、不発弾の犠牲になったと報告されています。これは毎日10人の被害者が出ていたことになります。(Landmine monitor Report2013より)


[ グラフ1:2012年の地雷被害者の分布 ]

  deminers = 地雷撤去作業員
  Security Forces = 兵士
  Civilians = 民間人

 


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[ グラフ2:2012年の年齢別被害者分布 ]

  Adults = 大人
  Children = 子ども


2012年の地雷被害者の分布図によれば、地雷被害者の約78%が市民です(グラフ1)。さらに被害者全体の内、子どもの割合は47%と、被害者の約半数が子どもです(グラフ2)。また、この数は報告された被害者数でしかなく、病院に搬送されずに亡くなった場合など報告されなかった被害者を含めると合計は、さらに多いと考えられます。被害者のほとんどは、現在すでに平和になった国々に住む一般市民です。そして、2007年8月までに、少なくとも世界中で47万3,000人の地雷生存者(地雷事故に遭い障害をおったが生き延びた人)がいると、報告されています。(グラフ1,2ともにLandmine monitor Report2013より)

 

 

 

 

5.国際社会の取り組みは

■ 対人地雷全面禁止条約

 

地雷禁止国際キャンペーン(ICBL:International Campaign to Ban Landmine:英語)というネットワークを作った1,000を超えるNGOと、カナダ、ベルギー、ノルウェーなどの中大国が、対人地雷を禁止するために協働し、1997年カナダの首都オタワで、対人地雷全面禁止条約が締結されました(「対人地雷の使用、貯蔵、生産及び移譲の禁止並びに廃棄に関する条約」、または「オタワ条約」)。(ICBLと連携している日本版ICBL:JCBL(Japan Campaign to Ban Landmine):日本語)ICBLが国と認める197カ国の内、日本を含む161カ国が批准し、36カ国が批准していません(2013年)。日本は1998年に、この条約を受諾し、2003年2月に保有していた対人地雷のうち、訓練用など一部を除いたすべての地雷を廃棄しました。オタワ条約に加盟している国(2013年3月現在)



出典:(http://www.the-monitor.org/index.php/publications/display?url=lm/2013/maps/minebantreatystatus.html

 (最終アクセス2016/04/26)


   締約国(161ヵ国)
   署名国(1ヵ国)
   未署名国

 


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ICBLの2009年の発表によると、条約締結によって、ここ10年、対人地雷を使用する国は大幅に減りました。1999年には15カ国によって使用されていたものが、2013年にはミャンマーとシリアの2カ国に減りました。しかし、政府軍ではない軍事組織による使用もまだまだ見られます。米国やロシア、中国といった大国や、対人地雷を使用してきたスリランカ、韓国、イスラエル、インド、パキスタンといった国々も加盟していません。これらの条約に加盟していない32カ国によって、1億6千万もの対人地雷が貯蔵されています。地雷による被害をなくすためには、これらの国々が一日も早く条約に加盟することが大切です。

 

 

 

6.地雷被害者の声

 

「レン・ポヴ氏の話」

 

私たちは2006年3月9日、バッタンバンにあるイタリアのNGOによって運営されている、エマージェンシー病院を訪問しました。そこには、病棟に今も治療を受けている地雷被害者が数人いました。その1人、レン・ポヴさんは、私たちが訪問した日の前日、2006年3月8日に地雷を踏んだとのことです。「NGOのスタッフとして地雷を探しているときに地雷を踏んでしまった」と、かすかな声で答えてくれました。左足はすでに切断され、右足も治療が必要です。さらに精神的ショックが大きいことが同じ場にいるだけで、ひしひしと伝わってきました。まだ地雷を踏んでから、それほど時間がたっていないこともあって、傷も痛むのか、顔の表情を見ているだけでも苦しそうでした。イ ンタビューするのも申し訳ない気持ちで多くのことは聞くことができませんでした。

 


「ラック・ソウン氏の話」

 

ラック・ソウン氏(45歳)は、現在カンボジア王国バッタンバン州カムリエン郡バン・ルン区プレア・プット村に、家族7人で住んでいます。「内戦中は、プノン・プルック郡のクメール・ルージュの兵士でした。 1979年、14歳の時にクメール・ルージュの子ども兵になりました。このときは何も知らず、クメール・ルージュの兵士がついてくるように言ったのに従っただけでした。

1990年代後半、内戦が終わり、クメール・ルージュが政府に統合されたのち、バヴェル郡に引っ越しました。しかし、そこには土地や財産は何もありませんでした。そこで、多くの人がこの村で竹を切り売っていると聞いて、引っ越してきました。2003年、この村で家を建てるために木を切っていたときに地雷事故にあいました。この地域に地雷は埋まっていないと思っていました。

負傷したとき、タイ軍の兵士が車で村の中に入り、無料でタイの病院まで連れていってくれただけでなく、少しお金も渡してくれました。病院での治療で、5万バーツ(約16万円)以上を使い、今でも月5%の利子がついた借金が残っています。午後1時に地雷事故にあいましたが、病院に着いたのは5時間後の午後6時でした。結局、左足を切断しなければなりませんでした。右足も少し負傷していました。病院での治療が終わった後、バッタンバンにあるリハビリテーションセンターで、無料で義足を作ってもらいました。

今は、村人に土地を借りて、小さな家で暮らしています。その他には何もありません。数ヶ月前、脚の傷口が痛み、働くことができなくなったことがありました。7人家族ですが、時々米や食料がなくなることもあります。妻は妊娠中で、他に誰も働く人がいません。時々1日に1回しか食べるものがないこともあります。タイで小作人として働いて、収入は1日に100バーツ(約350円)ほどですが、農閑期には仕事が無くなることもあります。政府や他のNGOからの補償や支援はありません。」

 

 

 

 

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