紛争で父も母も亡くした少女は、なぜ悲しみを乗り越え、人に優しくなれたのか?
紛争や迫害に追われ、難民となって暮らす人が増えています。親を亡くし、ストリートチルドレンとして暮らす子どもいます。ブルンジ共和国で生まれた女性、アフリカ事業コーディネーターのトシャも、かつてはその一人。大きくなった彼女が、日本の私たちに思わぬプレゼントを届けてくれました。
アフリカ中部にあるブルンジ共和国で生まれた女性トシャは、クリスマスになるとある光景を思い出します。
19●●年、彼女が家族と過ごした最後のクリスマスのことでした。トシャの家は、決して裕福ではありませんでしたが、年に1度、クリスマスには毎年家族でお肉を食べ、新しい服を買ってもらえていました。でもその年のクリスマスは、お肉もプレゼントもなかったのです。
友だちはみんなお肉を食べて、新しい洋服をもらっています。トシャは、悔しくて泣きながらお父さんに聞きました。「どうしてウチだけ?」するとお父さんはトシャを抱え上げて、「高い、高い」をしてくれました。そして太鼓を叩きだし、みんなで歌い、踊ったのです。
家族の顔に笑顔が戻ると、 お父さんは言いました。「もし、今日新しい服をもらってハッピーになっても、明日になったら忘れてしまう。
来年になればまた新しい服が欲しくなる。でもこんなに楽しい時間は、一生忘れないだろう。」
初めて小学校に通った日、家族も村も何もかも奪われた・・それから1年後、トシャが初めて小学校に通った日のことでした。「お父さん!お母さん!怖い、助けて!!・・・」トシャが学校から家へ帰る途中、たくさんの遺体が道に転がっていました。武装集団の襲撃を受け、村人たちは虐殺されてしまっていたのです。
そして、無情にも・・トシャの両親と兄も虐殺の犠牲となったのでした。トシャの家族は、家に閉じ込められた状態で火をつけられていたのです。「手足を切り落とされた子どもの遺体が道に転がり、家族は家ごと焼かれていました。私は気を失うまで、泣き叫んでいました。」
当時のブルンジは、内戦のため武装勢力が割拠。子ども達を兵士にするため誘拐する、食料や物資を略奪するなどのために、村が襲われることがあったのです。
その晩、トシャは焼け焦げた家の近くで一人地べたに寝ました。内戦を避けてジャングルに逃げ込んだ彼女は、一人きりで約半年間、生き抜きました。木に向かって、「パパ、パパ(お父さん)……」と呼びながら。
難民キャンプに一時は身を寄せたものの、あまりにも劣悪な環境に脱走。ストリート・チルドレンとなります。ボロボロの服を身につけたトシャは、大きな家の前に立ち呼び鈴を押しました。出てきた家の人は、トシャの姿を見ると「汚い」と指をさしました。家族たちも出てきて、トシャを笑いました。
そんな屈辱的な仕打ちをされても、彼女は懇願しました。「一杯だけ水をください。何でもしますから働かせてください」と。すると家主が、コップに水を注いでもってきてくれました。しかし、コップに注がれた水はトシャの顔にかけられたのです。「二度とここに来るな」という言葉とともに・・
そのとき彼女は、殺されてしまった家族のことを想い出したそうです。
メイドとして、なんとか仕事を得たトシャ。貧しさから抜け出すために、英語を一生懸命勉強しました。働いた家で、テレビやラジオから聞こえてくる英語の音を聴きながら、フレーズを1つ1つ覚えていきました。●歳になった時、トシャは企業に就職することができました。
自立の一歩を踏み出した彼女ですが、勤め先で独学でコンピューターをマスターしていきます。できることは、何でもやりました。一人で生きていくために。彼女が過ごしていた、ウガンダの首都カンパラ。街には、大勢のストリート・チルドレンがいました。
20歳になったばかりの彼女は、かつての自分自身の姿を子どもたちに重ねます。「私がを育てていこう」そう決めたトシャは、ストリートで生きていた子ども達の里親になりました。カンパラ郊外に家を借り、友人とともに女の子2人、男の子2人の面倒を見ています。
なぜそんなことをしたのか?そう聞かれると、トシャは答えます。「人生の価値は、自分がどれだけ幸せかではなく、周囲にどれだけの幸せを与えられるか。子どもたちに『お母さん』と呼ばれたとき、私は初めて希望を感じることができました。」
その後、トシャが私たちテラ・ルネッサンスと出会ったのは、200●年のこと。ウガンダ北部の「元子ども兵」を対象とした、社会復帰プログラム。僕らの理念と取り組みに共感したトシャは、テラ・ルネッサンスのスタッフへ応募してくれました。
ウガンダには内戦のために、10代で誘拐された「子ども兵」が、戦場で銃をとらされ戦わされていたのです。内戦は終わったものの、子ども兵の社会復帰が課題になっていました。「私の経験が、少しでも子ども達の役に立てば・・」
使命感を抱いたトシャは、元子ども兵の姉のように、良き相談相手となっていきます。自らの壮絶な体験をバネに、傷ついた心をもつ元子ども兵たちに希望を与える。私たちにとって、なくてはならない存在になっています。
2011年、トシャが東日本大震災が起こったのを知って、日本に対してしてくれたことを、最後に紹介させてください。
「あんなに優しい日本の人たちが、苦しい目にあっている」
「これまで私たちを支援してくれた、恩返しがしたい」
トシャは、社会復帰プログラムを卒業した元子ども兵や、ウガンダのスタッフなど呼びかけて、募金を集めてくれたのです。集まったのは、約5万円。公務員の平均月収が約7千円のこの国では、随分とした金額でした。
このお金を、もし自分のために使っていたら、美味しいモノを食べられたかもしれない。
我が子にもっと良い教育を、受けさせられたかもしれない。
トシャたちの思いは、私たちが被災地で支援を始めるきっかけにもなったのですが、その話はまた別にどこかの機会で。
トシャは、子どもの頃のクリスマスの出来事を、遠い昔を思い出すように言いました。「あんな楽しい時間をプレゼントしてくれて・・。絶対に忘れない。大切なのは、モノじゃないんだよね・・」
失ったものをバネに、強く優しく生きるトシャ。彼女とともに、私たちテラ・ルネッサンスは、アフリカで元子ども兵たちの自立支援のために活動をしています。
戦場で傷ついた心をケアするとともに、識字・算数・英語などの基礎教育を実施。洋裁や手工芸、服飾デザインに木工大工などの職業訓練によって、彼らが再び自分自身の足で歩き出せるようにサポートしています。
「ひとり一人に未来をつくる力がある」
その想いに共感いただいた、約1500名のファンクラブ会員の方々などに月1,000円〜支援いただくなど、寄付を資金として活動しています。
この話をきっかけにアフリカの現状や子ども兵の問題に興味を持った方は、ぜひ私たちの活動を見てみてください。そして、共感してくださった方は、1日33円〜の寄付でご支援いただく「ファンクラブ会員」にご入会いただければ嬉しいです。



